八甲田の雪田 大岳・井戸  7月7日

北八甲田山の中でも遅くまで雪が残っているような雪渓は特に雪田と呼ばれている。
そこは高山植物の中でも短期間に開花−結実出来る雪田植物だけが生育をゆるされ
お花畑を形成するところでもある。

特に「駒の雪」は生育期間がほとんど無い年もあり、その中心部は植物の生育を許さない反面、其の周辺では長い期間にわたって高山植物の開花が観察される貴重な場所でもある。

今年はことのほか残雪が多く、8月中もヒナザクラ、チングルマ、アオノツガザクラなどの高山植物が観察できそうだ。

●温暖化による積雪環境の変化が雪田植生の分布に与える影響



井戸岳火口内の残雪
雪解け後にシナノキンバイの群落が見られる。 


大岳北東斜面<駒の雪>(千人岩雪渓)
雪解け後のアオノツガザクラの群落が見事だ。


仙人岱(大岳南側)残雪
八甲田山で最も賑やかな雪田植物が観察出来る。 


仙人岱雪田の南端
ショウジョウバカマ・チングルマ・ヒナザクラが咲き競う。




附 雪形



雪形は、最大の関心事だった農事にかんするものが多く、それがもとになった山名も、

数多く知られている。

八甲田について報告された例はすくないが、八甲田の見える地域は広いから、

しらべればもつと多くの土地にも伝承があるはずである。



■八甲田の雪形については、雪形と伝説 で室谷氏が詳細に報告されているので参照されたい。

特に「駒の雪形」については目下(01.06.19)その経過を[八甲田大岳「駒の雪」を探る]で

ドキュメンタリーを連載中である。

 

大岳



寛政五年(一七九三)二月一六日、木村謙次は七戸町での見開を、

『北行目録』に書き留めている。



 ・・・・・此処ヨリ富士山ノ形ニミユル山ヲ駒カ岳卜云、残雪駒形ヲナス、

   土人其消ル形 ヲミテ農候トス、口ヲ切ハ三月節下アゴ落卜名ツク、

   腹帯切レハ四五月節ハラヒモ切レ了リ残ナク消解スルヲ農熟ノ候トス



大正十一年、大町桂月は、大岳の万年雪を下りながら、鹿内辰五郎から

「雪解けの時、七戸方面より馬の形ちに見ゆることあり。この雪田はその残骸なり。

三年つゞきて馬の形ち見ゆれば、必ず凶作なり」と聞いている。

昭和の深田久弥や別所梅之助にも、鹿内仙人からの同趣旨の聞さ書がある。

『北行日録』も大岳のことであろうが、時は冬、彼が見た富士山のような山は、

山裾まで姿をあらわしている高田大岳のほうかも知れない。

                                                       岩淵功著「八甲田の変遷」より