パーカーロード・お菓子の様な家


 私の散歩道   香港たより

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蝶のアルバム
雨上がる
日本での散歩道
5月の散歩道
4年蝶のアルバム
宝捜しの道
231路線
果樹園みたい


NO.700  「私の散歩道」(最終編)    08月23日(火)
NO.699  日本で思った事    08月20日(月)
NO.698  日本の空             08月20日(月)
NO.697  忙しいお店           07月11日(月)
NO.696  直通バス(2)        07月08日(金)
NO.695  直通バス(1)        07月07日(木)
NO.694  続・路線番号231(2)    07月06日(水)
NO.693  続・路線番号231(1)    07月06日(水)
NO.692  マカオ(3)            07月05日(火)
NO.691  マカオ(2)            07月05日(火)
NO.690  マカオ(1)            07月05日(火)


「私の散歩道」(最終編)       8月23日

 この「私の散歩道」がスタートしたのは、2003年1月末でした。
スタートの経緯は、No.232 2003年10月6日「散歩道と蝶のファイル」に記した通りです。そして、「散歩道」を続けてきたのは、同じくNo.233 2003年10月31日「書き記す」に書いた通りの気持ちでした。

 「青森の自然」のページオーナーの棟方さんに、私なりの感想や、よく歩く散歩道の様子をお伝えした文章を公開しましょうと言われ、「公開」ってどういうことかも解りませんでした。
それゆえ、「私の散歩道」には、私のメールアドレス等、何も公表することなく過ぎてきました。アクセス数の表示も数字というものは、不思議なもので、そのうち数字が気になったりするかもしれないと思い、何もなしでスタートしていただきました。

 私がいつも歩くピークの散歩道は、ピーク中腹の遊歩道を1周しても家からの往復距離は、僅か6.8kmに過ぎません。
日本のように四季の変化がくっきりしていない香港では、歩くたびに目を見張るような発見がいつもあるわけでもありません。
自然、NO.233で書いたように、自分の将来の楽しみとしての独り言の比重が大きくなりがちでした。

 公開するってどういうこと?と思ったくらいですから、編集なんてチンプンカンプンです。(今だってそうです) 何も解らなくて2年半も続いていたのは、全て棟方さんに「おんぶに抱っこ」と甘えていたからです。
途中、自立を勧められましたが、どういう訳か私のパソコンは嫌がって、「メモリーが一杯です」と出て、どうにも先に進めず、自立は出来ませんでした。

 自分の時間には欲張りなくせに、ずっと棟方さんの時間を横取りしていたのですから、全く身勝手なことです。
何故「青森の自然」に全然関係ない「私の散歩道―香港だより」が紹介されているのか不思議に思われる方もたくさんいらっしゃった事と思います。
「私の散歩道」という主題にも関わらず、自然とは関係のない内容が多く、不自然さを感じられることもあったでしょう。

 最近の棟方さんは、大変なお忙しさだと推察致します。
いつまでも「おんぶに抱っこ」で甘えている訳にも行きません。何事も潮時というものがあるようです。私の勝手な判断ですが、No.700を切りのよい潮時だと思い、「私の散歩道―香港だより」を締めくくることにしました。

 今まで、何の反応もないまま続けて行くことにある種の落ち着かなさを感じた事もありました。でも、自分への独り言だから反応があろうはずもないし、期待するのがおかしいと思い直したりしていました。
ある親しい友人の感想は、(まるで貴方がすぐ傍にいるみたい)というものでした。
これは私にとってなによりの励みになりました。

 「青森の自然」というホームページを見たことによって始まった「私の散歩道―香港だより」は、棟方さんにお世話になり、蝶についてはたくさんのことを室谷さんに教えていただきました。本当にありがとうございました。
時には、数人の読者を想定しながら、書いたこともあります。誰かに読んでいただいているという思いを下さった方々にも、ここでお礼申し上げます。
ありがとうございました。

 真面目な向上心のある人間なら、更にカメラも高級なものにと少しずつ階段を登るように知りたい、欲しいと学ぶ心が芽生える所を、生来のいい加減な性格は、伸びようという努力をする気さえ起こしません。
しっかり、シャンシャン、テキパキ、ドンドンなんていう形容詞のつく動作は、ずっと昔に放棄して、呼吸の楽な暮らし方が一番自分に合っている、と何事も楽な方へ楽な方へと流れて行きます。

 何か今日しなければ、自分か誰かの命に関わるようなこと以外は、翌日に回すという生活スタイルがすっかり身に馴染んでしまいました。
何でも翌日に回すという暮らし方は、几帳面な人には耐えられないでしょうが、そんな時間の使い方をしても1日は24時間として過ぎていきます。

 香港の便利さ、日本の決まり好きの真面目さ、中国の空の広さ、遠くまで見える気持ちよさ、それぞれに好きな時もあり、困る時もあるですが、自分のいる場所に上手に合わせて(中味の一番大事なところはそのままに)、これからも、今いるところが一番好い所、と思ってその時々を過ごしていきたいと思います。

 田辺聖子著「乗り換えの多い旅」にあるような、何処かの駅で次に乗る列車はどれだろう(どれにしよう)と、駅のベンチに腰を降ろして周りの風景を見ている、今の私はそういう状態だろうと思います。

 止める時になって感想を期待するのは変ですが、他の人の見方を知ることが出来れば、また違った考え方が出来るようになるかも知れないし、感想をいただけたら、それが私の新たな宝物になるだろうと思います。
そこから、細いつながりが生まれるかもしれないし、結び合うには、お互いの思いの方向と長さがちがったり、そういうこともあるでしょう。
それもまた、良き哉。

  下記メールアドレスへの感想をお待ちします。
(小文字のeで始まるのですが、何故か大文字になってしまいます??
でも、これでもちゃんと私宛に届くと実験済みですからこのままでどうぞ!)

***********

日本で思った事       8月20日

 今回も友達と集い、いつもよりずっと長く身内に添う時間を持った。
こんな機会にきちんと知っておきたいと思う事もあって、銀行や役所にも足を運んだ。
そこで、やはりここは日本だな、私には理解不能と思えることにたくさん出会った。

 本人証明に運転免許証というのは写真付きだから理解できるが、保険証というのは私には不思議だった。(私は、運転免許証も保険証もない!)
さらに、国が発行するパスポート(日本の)を本人確認の書類として認めないという金融機関のあることを知り驚いた。
免許証を持たない人は、何をもって本人と確認するのだろう?

 あるスーパーで買い物をした時は、もっと驚いた。
クレジットカードを使ったので、当然サインするものと待っていたら、何を待っているのかという顔をされたので、サインが必要でしょう?と言ったら、スーパー部門では、サインは要りません!という答に仰天した。
友達に話したら、スーパーでサインをすると混むからでしょうという?
何と言う理由だろう、サインなしでクレジットカードが使えるなんて、なんと恐ろしい所だろうと呆れてしまった。

 私は、決まり好きな日本という感じをいつも持っている。
短い滞在でも、この決まり好きという印象は拭えない。決まりがあれば安心という風潮があるようで、自分で考えることを忘れているように思えることがある。
特に信号に従っての横断では、自分で考えることなく、見通しの利く直線道路でさえ、(車の走ってくる気配さえもない!)じっと信号の変わるのを待っているなんて私にはとても出来ない。
使うためにある頭である。私は、自分で判断して歩いてしまうことが多い。

 公共の乗り物に乗れば、「床に座らないで下さい、他の乗客の迷惑になります」というアナウンスまで流れて来るのにも呆れてしまった。
これも自分で考えることをしない人が増えたということだろう。

   ある日のバスでは、冷気の噴出し口は、車内後方にあるから暑い人は後部の座席に掛けてくださいという内容を、バス停毎に案内していた。
運転手は運転に専念するというのは、昔のスタイルだろうが、そこまでアナウンスの必要があるのかな(長距離バスじゃない!)と運転手が気の毒に思えてきた。

 そうそう、バスと言えば、もう一度凄い事に出会った。
小柄なお年寄りだった。そのお年寄りが突然靴を脱いだので、座席に正座でもするのかと思ったら、なんと座席に立ち上がって、ブラインドを下ろそうとした!!
何と恐ろしいことをするのだろうと唖然とした。平日の昼間の路線バスでの出来事だったが、こういうお客を乗せて走る運転手は、冷や汗の連続に違いない。

   びっくりした事ばかりではない。あれはどうしてだろう?
自分でも説明がつかないのだけれど、お腹の底から気持ちの良い笑いがこみ上げてきて、暫く笑ってしまった事がある。

 あれは、お盆の13日。
いつものように夕暮れの川の土手を散歩していたら、盆踊りの音楽が聞こえて来た。
そうだな、お盆に帰るのは今度が初めてだなと気付いた。
盆踊りの音楽に、今ごろ練習を積んだ友達が違う町でも踊りの輪を作っているだろうと思った。
そこへ、盆踊りへのご祝儀を披露するマイクの声が聞こえた。

 〜〜様より金一封、〜〜盆踊り会へいただきました。ありがとうございます。
〜〜様より缶ジュース一抱え、〜〜盆踊り会へいただきました。ありがとうございます。
「缶ジュース一抱え」なんという良い言い方だろう、一体どのくらいの数量なのだろう、日本語の表現って凄いなと思ううちに、楽しく嬉しくなって、笑いがこみ上げてきた。

 お盆のこんな時間にのんびり散歩などしている人もいない夕方の川の土手を、こんなに気持ちの良い笑いがあるのかと、自分で驚きながら、暫く笑っていた。
そして、両手を大きく広げて、きれいな空を見上げ、「きれい」と声に出していた。

 夕暮れの土手には、宵待ち草の黄色の花が咲き、土手を下ると、伸びた稲穂からちょっと糠臭いような田んぼの匂いがしてきた。
これが稲の花の匂いなのだろう、早朝の散歩では、キラキラと小さな露が稲の葉に光っていた。とてもきれいだと思った。

 それから、きれいな夕陽を見た時には、そうだ、明日もまたきれいな朝の空と今見ているような赤い夕陽を見られるかもしれない、明日が来るって良いことだな。
そう思えるって、とても幸せなことだな。きっと今日が、良い一日だったということだろう。

日本の空       8月20日

 昨日の今ごろは、日本にいた。
日本の空気、日本の空、緩やかな曲線を作って流れる川、低い山々の連なり、私には、それらの全てが優しく思われた。

 今回は特に、太陽と空と光の織り成す色の変化に魅せられた。
何故かいつも早朝に目覚めた。日の昇る前の薄明かりから、ゆっくりと変わっていく空の色、白いグレーから薄紫、優しいピンク、柔らかな明るい輝くような橙色、光の当たり具合で輝いていく雲、じっとみているのに、何時の間にかきれいな薄い水色から次第に濃い空色に変わってしまう大きな空。
動く雲を見ていると、空は丸いと実感できる。

 朝も5時近くになるとウォーキングの人が通り、新聞配達のバイクの音、犬を散歩に連れて歩く人と、それぞれの一日が始まる。
歩いている人の目線が前方だけを向いていると、ちょっと顔をあげて山の端を見ないかなと思ってしまう。
こんなにきれいな空の下を歩いているのに、気付かないのかな?
気付く必要がないほどこういう光景に浸る事に慣れきっているのだろう。
わざわざきれいだな、なんて美しいのだろうと改めて感じなくてもいいくらい自然に暮らしている人達に違いない。

 心にかかることがあって帰った。その時々の気持ちのままに、早朝だったり夕暮れだったりしたけれど、実家の近くを小一時間歩く事が多かった。
白々と明けて行く中を歩く清々しさも良し、また辺りを赤く染めながら沈む夕陽に見とれるのも気持ちが落ち着いていいものだった。

 30数年前、日本を出た時に住んでいた町と今母が住む町は違うので、私には土地勘がなくあまり親しみも持てず、ずっと馴染めない町だった。
朝夕、1人になれる時間にゆっくり歩いてみたら、犬鳴川まではほんの10数分だった。
橋の中央に立って、川上や川下を眺めると、低い山々を写した川面に赤く染まった雲までが写り、鴨だかサギだかの親子が悠然と滑っていた。

 川があり、山が見え、朝日も夕陽も存分に見えるこの町がとても良い町に思えるようになった。香港の高層建築で区切られた隙間から見える空とは大違いの優しい空が私にはとても魅力的だった。
ちらっと、いつかこの町で、日本の四季をじっくりおさらいするような時を過ごせないだろうか、という思いが過ぎった。

忙しいお店       7月11日

 電車通りに時々夕ご飯を食べにいくレストランがある。
とにかく、安い、美味しいお店。食事に行くというより、夕ご飯を食べに行くという感じ。
カタカナにするとレストランになってしまうけれど、大衆食堂というのがぴったり。

 日替わりスープもご飯もお代わり自由なので、食事代は、注文した料理分だけ。
一皿だいたい30-40jくらい。2-3品も注文すると2人では食べきれないほど。
食事時は、混んでいるので、その日はちょっと遅めに行ったが空席待ちが数人いた。
お店の人を知っているので、ちょっと待ってと空きそうな席を見回してくれる。

 そのうち入り口のカウンター横の席が空いた。
今までそこに座っていた5人家族が、空いたもう少し大きなテーブルに移ったのだ。
安くて美味しいとなれば、客は湧くようにやってくる。
家族揃ってというテーブルがいくつもある。

 カウンターに、勘定を受け取る人がいない。
お客が自分でお店の計算機を使って、代金を計算している。
バタバタとやってきたお店の人が、お金を受け取った。
席にはついたけれど、お茶の種類を聞いて、食器が置かれたまま、料理の注文を取りに来る人がいない、じーっと待ってるだけの客もあちこちにいる。

 既に食事の始まっているテーブルでは、ご飯のお代わりが欲しくて飯碗を挙げてみせても、お店の人は、てんてこ舞いなので、すぐにお代わりとは行かない。
ついに、飯碗を持って、自分でよそいに来た。
7-8人のテーブルにいた老婦人は、大どんぶりにご飯を山盛りについで、テーブルに戻った。大どんぶりからそれぞれが、自分の飯碗に取り分けていた。
何だか、安手の観光旅行の食事風景みたい。

 お茶の次が出て来ない男3人のテーブルから、1人が立ち上がった。
(ご飯とスープ、ビールは、入り口カウンターの後ろのスペースにあるので、客が自分で出入りを始めた。)
立ち上がった一人は、大きめのスープ碗に、3人分の日替わりスープをついで、自分達のテーブルに運んで、食事を始めた。
次々に客が自分でご飯をよそおっている。スープだって、待ちきれずに勝手に大きなスープ皿についで、自分でテーブルに運んでいく。ビールの栓も抜いている!

 さて、次は、もう食事が終わりに近づいた人が、食べきれなかった料理を持ち帰るための容器を取りにきた。客の方が何処に何があるか良く知っている!
そのうち、ご飯が残り少なくなったようで、オーイ、飯が無いぞとお店の人に言っている。(レストランでご飯が切れる?)
間もなく、キッチンから炊き上がったご飯が運ばれて来た。(良かった!)

 テーブルにこぼしたお茶を拭きたい・・・ ナプキンが私達のテーブルから手を伸ばせる所にどっさりある。また、客がやって来て見回している、「ナプキンならそこだよ」と夫が教えている。
他のテーブルから、ここは、セルフサービスなんだという声が聞こえる。

 今までも混んでいる時に来た事はあるけれど、今夜は今までとはちょっと違う混み方。すぐ近くに新しくホテルがオープンして、レストランの入り口がこの大衆食堂レストランとほんの10メートルも離れていない。値段が魅力で、ホテルのレストランを通り過ぎてこっちに来てしまうのだろうか?

 店内を見回しているだけで、ちっとも退屈しないけれど、一応、ご飯を食べにきたのだから、注文を取りに来てもらいたい。
メニューの中から、他のテーブルでおいしそうに食べている料理一皿と、魚料理を1品選ぶ。魚の方は、メニューには38jとなっていたけれど、今日のは魚が大きいから58ドルだという。まだ泳いでいる魚が1匹丸ごとで58ドルなんて、まともなレストランだと200jは取られうだろう!
ほら、これだよと水槽から出してきた魚をバケツに入れて見せてくれる。

 この混みようでは、注文した料理が出てくるまで暫くかかることだろう。
店内は、相変わらず騒然としている。料理を運ぶ人の間を走り回る子供が3人いる。
8-9歳の男の子が一番大きくて、次は、6-7歳だろうか女の子、一番小さいのが4-5歳の男の子。お店の人は、危ないから走るなとか、気をつけろとか言いたいだろうに、口に出来ない思いが伝わってくる。

 一昔前なら、客の子供であろうが、大人と子供という区別があって、子供には大人が注意するものだったし、そういうことはごく当然のことだった。
いつ頃からだろう、大人と子供の区別より子供であれ、客が優位になったのは。
今では、他人の子供に注意するなんて勇気のいる事になってしまった。(とても変!)
クーラーの入っているお店の入口を出たり入ったり、外の歩道と店内を3人で走り回っている。ついに、夫が見かねて、危ないから走っちゃいけないよと言ったけれど、全く聞く耳を持っていない。
子供のことを思って言ったけど、一度言えば十分とそれっきり無視。

 あの子供が、店内で滑ったり、或いは、料理を運んでいる人が避けようとして、熱いものでもこぼしたりしたら、親は飛んで来るだろうか、そして、どうするだろう??
中国でも良く見かける光景だけど、ここは、香港、中国ほどの広さのレストランではない。この家族(親がどのテーブルにいるのか解らないけれど)は、香港へ出て来て日が浅いのだろうか?(元々香港に住んでいる人の子供だったかも知れないけど!) たくさんのテーブルで何人もの子供達が、ちゃんと食事しているというのに?

 この走り回る子供達がいなかったら、お店の人達は。もっともっと安心して店内を動けるだろうに。子供が大人の間を縫うようにか、大人が子供を避けるようにしながら、お店で働いている人、食事に来ている人が、それぞれあっちやこっちへ動くので、なんとも落ち着かないというより、活気が漲っていると感じる。

 このお店に満ちている勢いは、とても好感が持てる。
いかにも香港らしくて、そこで暮す人々の息遣いの健康さを見る思いがする。
生き生きと暮らし、食べることに熱心で、誰もが明日は今日よりも少しだけ良くなると考えている。そういう香港に根を下ろしている安心感。
この勢いを安心感と思えるようになるまで、今までの30数年は必要な時だったのだ。

 見飽きることのない店内の様子を見ているうちに、どのくらい経ったのだろう、やっと注文の2皿が運ばれてきた。
さっきまで泳いでいた魚がお皿に乗っている。たっぷりの汁を山盛りのご飯にかけて、(こちらのご飯の盛り方は、おおむね山盛りスタイル)あー、この食べ方が美味しいのよとモリモリ食べる。
私達のテーブルの皿を離れたテーブルの人が見ている。あれと同じものと言って注文するのだろう。

 おいしいものを美味しいと思って食べられる。それはとても幸せなこと。
9時を少し回ったようだ、やっと店内も少し落ち着いてきた。
満ち足りた気分でお店を後にした。

直通バス(2)       7月8日

 市橋のホテルを出発してから既に1時間以上走っている。
バスは、見覚えのある第二ボーダーにさしかかった。
私の乗っているバスは、直通バスだからそのまま通過した。

 直通バスじゃなかったら、乗客は一旦車から降りて、第二ボーダーで、税関を通る時と同じように、パスポートや通行証を提示しなければならない。
そして、出口で乗って来た車がボーダーを通過してくるのを待ったり、車の方が早く着いていれば、たくさんの車の中から自分の乗ってきた車を探し出さなくてはならない。

 直通バスのお陰でボーダーの通過手続きは省略。
ここから20分くらいで税関のある皇崗につくだろうと思っていた。
今まで、ハイウェイを気持ち良く走っていた車が、渋滞し始めた?
何かあったのかな? 動いたり停まったりが20分くらい続いて、やっと元のように走り出した。途中、ハイウェイから降りる車が接触事故でも起こしたのか、車線がひとつ使えなくなっての渋滞だったらしい。ちゃんと走り初めてヤレヤレ。

 皇崗に着いた。入り口から、ちゃんと外国人と回郷証(香港に住んでいる中国人が持っている中国への出入国証)の所持者が分けてある。
多分、このバスの乗客でパスポートで通関するのは、私1人のようだから、他の乗客を待たせることにならないよう、大急ぎで外国人用の列に並ぶ。

 パスポート所持者用の窓口は3つあった。一番端しは、団体用となっていたので、真中の列に並んだ。ちょっと嫌な予感がした。
団体用の窓口は、ほんの3-4人しか並んでいなかった。
係員がこちらの窓口でもパスポート所持者を受け付けると言ったので、どっと人が流れた。迷ったけれど、今移動すると、次々に入って来る人でドンドン長くなる列の最後尾に着く事になるので、列を変わらない方がいいだろうと思った。(これが間違い!)

 あー、何と言う事か、マカオから中国(洪北)に入った時と同じ状況になった。
両側の列は同じパスポート所持者なのに、列が動いている。私の列は、停滞前線。
ここでもとっくに通関した夫が向こうでちらちら見ている。
バスの乗客は、もう全部通関したんだろうな・・・・ これだから、変な列に並ぶと困るんだ・・・・ どうしようと思っても仕方ない、じっと順番が来るのを待つしかない。

 停滞前線の係官は、3人くらい前の人のパスポートに問題があるのか、長々と話しては、パスポートをパラパラめくるばかり。
ついに、上司らしき係官がやってきて、そのパスポート所持者を引き受けてくれた。
私の番までやっとあと1人になった。スタンプを貰って、大急ぎで出口へ向かう。

 バスの運転手が待っていた。パスポートだったの、すみません。
次の入境は香港のIDカードだから、大丈夫です(皆と同じでスイと通れますから)と言ったらホッとした様子。
バスから降りる時、運転席横の出口じゃなく、真中のドアから降りたので、私がパスポート所持者だと運転手は知らなかったのだ。

 バスに乗って、パスポートだったので、すみませんと言いながら、座席まで通路を歩く。それじゃ仕方ないなという感じの乗客の顔、顔、顔。
この段階で、既に、夫は、もう金輪際バスで移動するなんて考えたくもないと思っているのが解る。

 香港側の入境は地下鉄の改札並のスピードでドンドン進む。
バスに戻った乗客は、もう、香港に入ったと一様にホッしたのか、適当にお腹も空いてきたのか、話し声が大きくなり、あちこちで食べ物が取り出されているのが解る。
中国のホテル前で乗った時に、席取りみたいだった女性の声が一段と大きくなる。
途中、ちょっと静かだったのは、居眠りしていたのかな?
あちこちの携帯も賑やかである。

 この入境手続きが済めば、このバスは、香港島の最初の停留所までノンストップで走る。夕暮れの迫り始めた空は、青い空に夕暮れのオレンジ色の雲が輝き、久し振りに懐かしさを感じる夕暮れの匂いが、車内まで漂ってきそう。
何度も振り返っては、空の色、夕暮れの色、海の色に見とれ、きれいねを連発して、うるさがられてしまった。

 税関の煩わしさ、席取り女のマナーと大きな話し声も、このきれいな夕暮れの風景で帳消しになった。
香港の高層建築の建てこんだ中心部では、とても感じることのできない、美しい伸びやかな風景だった。
でも、やっぱりこれからは、フェリーにしようと思いながらバスを降りた。

直通バス(1)       7月7日

 今まで碧桂園へは、フェリーを使う事が多く、香港までの直通バスには、帰りに一度乗ったことがあるだけだった。
最近は、フェリーの料金が値上げになり、直通バスの方は、何社かが運行しているので値下げで、その差が大分大きくなってきた。
よく調べてみたら、直通バスでも通関後、香港での最初の停車が香港島側というルートがあったので、試しに乗ってみることにした。

 所要時間は、香港から碧桂園まで、フェリーなら1時間15分、更にバスで45分かかる。これに通関手続きや、前後の多少の時間を足すと、自宅から2時間30分ちょっとかかる。
直通バスだと、3時間以上はかかると思っていたら、中国側の税関まで1時間半くらいと随分早くなったと聞いた。香港に入ってからは、1時間はかからないだろうから、それなら、通関時間をいれて合計で3時間くらいだろうと思った。

 碧桂園を出て、近くの町、番寓市の市橋から乗ることにした。
当日は、月曜だから席はたっぷり空いているだろうと思っていた。
午後4時45分発のバスの切符を買ったのは、11時半くらいだった。すんなり2人分の切符が買えた。

 先ずは腹ごしらえと町に出た。いつも行くレストランは、前回改装中だったので、営業を始めているかどうか解らなかった。
切符を買ったホテルの近くに賑やかに花の飾られた新しいホテルがあった。
そのホテルのレストランに入ってみようか? オープンしたばかりだからサービスは間違いないと思うけど?

 飲茶は3階というので、エレベーターを待つ。2基あるエレベーターのうち1基は調整中だかで1基だけが動いている。
3階に着くと、中国服の女性が迎えてくれた。ガランとした感じがする広さというか、客が少ない。もうすぐ12時というのに・・・ 大丈夫かな?
案内されたテーブルは、開店早々だけあって新しくて気持ちが良い。

 点心を数品注文する。最後にデザートに冷たいものをと思って尋ねると、このデザートのメニューは全部冷たいものですとしっかり答える?
そうかな・・・・何だか熱いもののような気がする。
最後のデザートが待てど暮らせど出て来ない! ついに痺れを切らして、催促すると 「注文が落ちていました」メニューには熱いデザートとなっているのに、ウェイトレスは冷たいデザートとして受けて、キッチンで無視されたのかも知れない?

 この調子じゃお勘定も時間がかかりそうだからと、勘定係を残して先にレストランを出る。乗ったエレベーターで、ホテルのスタッフと一緒になったので、ここはオープンして何日と尋ねてみた「10日?」「いいえ、4日です」 そうか、まだトレーニング中みたいなものだなと思った。
スタッフは普通話で答えたので、私には10と4の区別がつかず、広東語で確かめた。
(普通話の10と4は私には、発音が区別できないし、聞き分けもできない!)

 あちこちで時間を潰して、4時半くらいには、バスの停まるホテルに戻った。
この混雑している道路を走って、バスはぴったり予定時刻に到着した。
座席番号の席に既に他の人が座っていた。乗客が少ないと思って、好きな席に着いていたのだろう。ここで次々に乗り込んでくる客で、ほぼ満席になった。

 更に乗って来た人が、この座席番号なんだけどとドーンと座っている女性に声をかけた。この女性の答が奮っていた。
「運転手は、まだ、座席は16も空いていると言っていた!」(だから、貴方は他の席に座ればという意味)
この時、既に殆どの席が埋まって、16も空いているはずがない!
「私の席は、最後尾だから」(だから嫌なの!という意味)

 この女性の連れらしい人が最後尾の席から、「こっちに移れば、今なら1人で2人分の席を使えるよ」と呼びかける。
くだんの女性は、まだ不満らしくブツブツとたくさん空いてると言われたのにと言っている。「だって、ここで今切符を買ってすぐに乗って来る人だっているんだから、1週間前に切符を買った時とは違うだろう」連れの人にそう言われてもまだ不承不承である。

   私達の席は、2人の席が隣同士になってなかったので、誰かに代わってもらおうと思ったら、1人で乗って来た人が切符を変えてあげるよ言って、夫婦で並んで座る事が出来た。
平日なのに、こんなに一杯になるなんて珍しいという声が聞こえて来る。
日曜だと一杯だから1日ずらして、月曜に帰ろうと、考える事は誰でも同じだよという声も耳に入る。

 さあ、ここからシンセンの近くの皇崗という中国側の税関まで、ノンストップでバスは走る。1時間近く高速を走った辺りから、見覚えのある風景が広がる。
93年から6年ばかり勤めていた会社の工場があった辺りである。工場へ行く時とは、逆の方向から近づいているのと、ハイウェイがあちこちに伸びていることや、建物が増えたためか、どの辺りでハイウェイを降りて工場ね向かっていたのか解らない。

 今ごろ、あの工場はどうなっただろう(会社は潰れた!)
あの頃一緒に働いた人達は今どうしているだろう。日本語が達者だった朝鮮族の人達、徹夜ででも出荷に間に合わせてくれた人達、今は、違う会社で同じように一生懸命働いているんだろうなといろいろな事が浮かんで来る。

 ハイウェイ脇はライチ山が続く。収穫時を迎えてこんもりと丸いライチの木には、点々と赤いライチが見える。収穫の終った山々だろう、ライチの木は身軽になってユサユサと揺れている。

続 路線番号231(2)       7月6日

 昨日(7月2日)、大良へ行ったけれど、清潔で気持ちの良いサービスを受けられるので、今日もまた行こうとなる。シャトルバスか231番かとなる。
便数が多い方が勝ちで、231番に決まり。
231番に乗るには、村の始発のところまで行かないと乗れないと思っていたら、碧桂園の裏口横が次の停留所だった! 何も村の奥まで歩く事はなかったんだ!

 こちらの路線バスには時刻表なんてないから、そのうち来るだろうと呑気に待つしかない。運が良ければすぐくるだろうし、前のバスが行ったばかりなら少なくとも20分は待たなくてはならないだろう。そういうつもりで待っていたら、5分とせずにバスがやってきた。先月初めて乗ったバスみたい。見事に車内騒音を立てながら走る。

 次の停留所までに、乗っていた若い男性がクーラーを入れてくれと運転手に言った。
「ハイよ」とクーラーのスイッチを入れたのだろう、バスがトロトロととても走っているとはいえない状態に変わった。
運転手が、「クーラーを入れるとこうなるけどどうする?」という。
これじゃ、クーラー無しで我慢するしかない。

 誰もが諦めて、窓を開けて風を入れようとした。窓はウンともスンとも動かない。
諦めて少し窓の開いている席に移った人がいた。(賢い!)
前の方にほんの3分の1くらい窓の開いているところがあった。
正確には、この窓はきちんと閉まらないだけじゃないかと思う。

 私も一応、窓を開けようと努力はしてみた。ちょっと外側に押して滑らせると開くかな?おー、大変、何だか窓枠ごと動いてしまいそうで止めた。
ガタガタ、ギシギシきしみながら走るバスの窓をよーく見てみた。
窓ガラスが移動するためのゴムの溝はとっくに波打っていたり、好き勝手に膨らんだりくっついたりで、溝の態をなしていない。これじゃガラスは動けない!

 14-5分も走った頃だろうか、前方に大きなトレーラーが止っている、その反対側にはトラック。これじゃバスは通れない。運転手がクラクションを鳴らした。
トラックの泊まっていた食堂らしき店から男が出て来た。
車に乗ったままクラクションを鳴らしたのを、態度が大きいと大声で文句を言っている!殴りかからんばかりの勢いである。
運転手は、「ここは公道だ、これじゃ通れないじゃないか」というと、「フン、公道だって!」と一向に車を動かす気配はない。(一体どういうことになるのかな・・・・)

 大型トレーラーの運転手がこの大声の男より若く、黙って運転席に乗り込み(素早くじゃないけど)、トレーラーを移動させた。(ヤレヤレ)
中型バスが通れないくらい道路のあっちとこっちに車を泊めるなんて、しかも通る車より、泊めてる車の方が威張っているというのは、どういうことだろう。
231番があまりにもボロバスだったから、馬鹿にされたのかな?(そんなことある?)

 乗客が増えてきた。10人以上乗っている、このバスの定員って何人だろう?
10数人を乗せてちゃんと終点まで走れるのだろうか?
緩やかだけど橋を渡るには斜面を登らなくてはならない。登れるかな?
信号が変わった時、スムーズにスタート出来るのかな?
バスは命がけで走っている感じ。バス、運転手、乗客、一番命がけなのは、誰だろう。
運転手は、きっと、今朝からちゃんと・・・回、走ったのだから大丈夫と思って運転しているに違いない。バスは、これが最後のお勤めと頑張っているんじゃないかな?
(でも、運転手に騙されて毎日何往復もしている・・・・)

 今日は、また帰りにこの231番に乗ろうと言ったら怒るだろうな・・・
大人しく碧桂園のシャトルバスで帰ろうと言う方が良さそう。(ボロバスの為にも?)

 このシャトルバス、前日は、香港人がたくさん乗って来た。彼等も大良に遊びに来ての帰りである。バスターミナルの1つ手前のバス停近くに大型ショッピングモールがあって、そこで買い物や食事をしたらしいグループだった。
このグループは10人くらいだった。シャトルバスの中で席が前後になって私達は、真中に挟まれた形になった。

 バスが動き出すと、この一団の話が賑やかになってきた。
ショッピングモールで買った食べものを、後ろから前へ、前から後ろへとやったり取ったり、まるで自分達の貸切バスのような振る舞い。他にもたくさんの人が乗っているなんて思いもしないらしい。話し声と食べ物の匂いに閉口した。

 今日のシャトルバスには、香港人と広東人が半々くらいの割合でほぼ満席だった。
地元の人で碧桂園に住んでいるのは、かなり裕福な人達のはず。
特に、プール付きや広い庭のある一戸建てに住んでいる人達は、大金持ち。
まあ、そういう人達は、シャトルバスには乗らないだろう、立派な自家用車を持っているだろうから。

 運転席の近くに陣取ったのは、広東人の数人、中でも1人の女性は、運転席の横にある補助椅子に座った。そこじゃなくても席はあったはず?
バスが動き出したら、運転席近くの数人と補助椅子の女性は、運転手とのおしゃべりを始めた。いくら運転手と親しくても、運転中は、仕事中なのに・・・・
ついに、碧桂園につくまでの30分間、このグループと運転手のおしゃべりは続いた。

 路線番号231とシャトルバス、どっちに乗ってもいろいろありで、退屈する事はない。

 
続・路線番号231(1)       7月6日

 今日(7月2日)は、前回1人で行った大良の美味しい手打ちラーメンを、2人で食べに行くことにした。碧桂園から出ているシャトルバスで行くか、三桂村発の路線バスにするか、シャトルバスは、1時間に1便しかないので、時刻表はないけれど、便数の多い路線バスで行く事にする。

 村のバス停に向かっていると、向こうからバスがやってくる。
何処行きだろう、231番だ! バスに手を振ると止って乗せてくれた。
前回は、何度も乗せてもらえない人を見ていたので、おー、良かった!
このバスには、まだ乗客は誰も乗っていなかった。

 前回、往復このバスを利用したので、見覚えのある道を走っていく。
いくつかの村だか町だかを過ぎて、ちょっと広い道路を走っている時だった。
前を走っていたバイクの荷台から、丸い石油缶が落ちた。石油缶は、丸いからころころ転がった。バスは石油缶を避けるために対向車線に入った。
対向車線を走っていた車からもきっとこの石油缶が落ちたのが見えたのだろう、そうでなければ、正面から向かってくるバスに道をあけなかっただろう。
石油缶をやり過ごしてすぐに、バスは、右側車線に戻って何事も無かったように走り続けた。

 今回は、ラーメンを食べるのが先なので、南国東路は通過。
南国東路の感じが何だかこの前と違う?
  グリーンベルトにあった木が掘り返されて何もない!
ついでにだかどうだかバス停の表示までも見当たらない!
ラーメンを食べるために終点まで行って、市内バスの線に乗り換える。
前回同様、どのバスが先に出るのか解らない、目的地を通る路線が幾つあるか停留所名の表示を確認する。
3路線が通ると解る。止っているバスに乗ろうとして、一応その停留所を通るか尋ねたら、このバスはそこを通らないという。
ここは何でもありだから、表示と違う路線のバスが止っていても驚くこともない。

 蘭洲ラーメンのお店は、鳳城酒店のすぐ近くだから解りやすい。
鳳城酒店というバス停があるから、そこで降りればすぐ。
雨模様の日だからか、前回とお店の感じが違う。ちょっと空気が暗い?
お店の人は、私のことを覚えていてにっこりしてくれる。
今日は、刀削麺とネギパンを食べよう、夫は、牛肉ラーメンを注文した。

 刀削麺は、ラーメンのネタを箱枕くらいの大きさにして持ち、ブリキかな?平たいもので削ってお湯の中に飛ばしこむ。ラーメンよりも平たくちょっと厚味のある麺になる。
このお店の刀削麺の作り方はちょっと違っていた。
ネタが少ない時にこういう方法をとるのだろうか? ネタを麺棒に巻き付けて削っていた。なるほど、材料が少なくなっても麺棒に巻き付けると、箱枕に近い太さになる。

 ネギパンは、この前見た通り、麺と同じ材料に薬味をちょっと包んで丸めて、麺棒で 薄く薄く伸ばしている。テーブルに出て来たのは、何で焼いたのだろうか、ポコポコと焦げた膨らみがあった。ドーナツスタイルのネギ餅と違って、油っぽくなくて薄いお好み焼きみたいで美味しかった。

 後ろのテーブルで乱暴な音がした。あれは軍服なのかな・・・・3人が座っていた。
黒い犬が足元に来たのを荒々しく追い払ったのだった。この黒い子犬は、この店の飼い犬らしい。店主の子供だろう4-5歳の男の子と、5-6歳だろうか女の子が隅のテーブルにいた。きっとこの犬は、あの男の子の大事な友達なのだろう。
哀しそうな目で軍服の大人の方を見ていた。犬も子供も店主から叱られていた。
まだ、ここに移り住んで間がないようだから、近所に友達がいないのだろう。
この前は、お店の空気も明るくて、誰もがにこやかだったのに。

 このお店から少し歩くと、大きな本屋さんがある。
本が買いたいというので、寄ってみる。お金を払う時、よく見てなかったけれど、前回と違って買った本をビニール袋に入れる係りがいない!
買った本の裏表紙を見たらスタンプも押してない。一月ばかりの間にやり方が変わったようだ。お金を払うのは私じゃないと見てなかったけれど、バーコードを読み取るようになったのだろうか?

 本も買ったし、南国東路へ行く事にする。
私は、またこの近くから路線バスで行きたいと思うのに、金額的には殆ど同じだからと押し切られてタクシーになる。
サウナとシャワーですっきりしてさて、帰りはどうするか?
この南国東路に231路線のバス停があると解っているけれど、グリーンベルトのバス停表示が木と一緒に抜かれているので、どの辺りがバス停なのか解らない!

 グリーンベルト上にバス停があるはずがないと、信じてもらえない。
南国幼稚園というバス停だから幼稚園の前辺りにあるはずだけど、バス停の表示がないのだから、ここがバス停だと頑張れないから仕方ない!
碧桂園のシャトルバスが確実だと、シャトルバスの乗り場へ行くことになる。
231番のバスが好きなのに・・・・・

マカオ(3)       7月5日

 さて、こうなると私が3人を探すより、3人に私を見つけてもらう方が良い。
入る時に、万一バラバラになったら4時半に入り口のシャンデリアの下という話が出たけれど、その時は、冗談半分の言い方できちんと約束が出来た訳ではなかった。

 3人が私を見つけられずにカジノを出るとしても、正面入り口から出るだろう。
シャンデリアの下がっている所は、3階まで吹き抜けになっているから、上の階から見下ろせば入口のロビーが見える。
まあ、そのうち見つけてもらえるだろうと、上を見上げていた。
連れの夫婦が私を見つけてくれた。おー、良かった。

 夕食のレストランまでの道々は、しおらしくしていた。
何度か案内してもらった友人のよく知っているレストランは、店主が休暇でポルトガルに帰っているとかで、初めての所へ案内された。
入り口の感じからこっちの方がずっと好きだと思う。エレベーターじゃなく階段を上りたかったのに(階段の手すり、飾られたタイルもとても素敵に見えたから)、カジノでの事があるので、おとなしくエレベーターに乗った。
異国情緒(ポルトガル風)を感じる内装で、落ち着いて感じが良い。

 マカオで働いている知人も加わって夕食は5人。
その知人は、昨夜もここだったという。
メニューは4人分のセットディナーにしてイワシを追加と決まる。
セットディナーの料理がスープも入れて7品、追加のイワシがあるから全部で8品。
大皿で出てくる1品の量が多くて、ドリアはとても食べきれなかった。
スープ(各自に1杯)、牛タンのグラタンみたいなの、フルーツサラダ、豚のスペアリブ、 野菜の煮込み、ドリア、イカのクリーム煮、追加注文のイワシで8品、更にパン。
デザートにゼリーまで出てきた! ワインの持ち込み料が30jで合計530ドル。
満足、満足、大満足の夕食だった。私が一番おいしいと思ったのは、イワシの、外側はからりとして皮一枚下は、ふわっと柔らかい1品だった。

 楽しく賑やかな食事の後、我々2人は、マカオから中国へ、他の3人は、10時過ぎのフェリーで香港へ戻る。
マカオの税関が終点のバス(確かルートNO.5だった)に乗った方が良いと教えてもらう。ちょうどバスが来たので、飛び乗り慌しく3人と別れた。

 小さなマカオだけど、くるくる回って税関まで30分くらいかかったと思う。
バスターミナルからエスカレーターで上がった所がマカオの税関(出境手続き)になっていた。前回っていつだっただろう、2年前かな、その時は工事中で、中国側の入国手続きの建物まで仕切られた通路を歩いたと思う。
今回は手続きが済むと、エスカレーターで上がった分、エスカレーターで出口へ下って中国側の入国手続きの建物まで歩くようになっていた。

 中国側の建物の前には、昔々の国境の象徴だった門を思わせるモニュメントがあった。初めて観光で来た時(1970年)は、この門の両側に向かい合うように衛兵が立っているのを、ずっと手前から見た。この門の向こうはどんな世界なんだろう、とちょっとした不気味さと興味を感じたものだった。

 マカオを出る時は、香港のIDカードの提出でスンナリと通過できた。
問題は、中国へ入る時。外国人という表示のあるカウンターの列に並んだ。
前に並んでいる10人以上の人は、ほぼ全員が中国人のようで、通行証と書かれたパスポートのようなのを持っている。
両側の列も同じような感じ。さて、このままじっと並んでいて、貴方はこの列じゃないと他の列に回されたりしたら悲劇である。

 香港居民という列はドンドン通過して行くのに、それ以外の列は殆ど動かない!
どうしよう、短い列に並んだ方が早いかなと隣の列に変わる。(これが間違い!)
列を変えて失敗だったと気付く。係官は、通行証だかパスポートだか1ページづつめくってパラパラやるだけで、なかなかスタンプを押さない!!
これじゃ、いつになったら自分の番になるのか解らない。
夫はとっくの昔に通関しているというのに。

 とうせんぼ係官の隣のカウンターが開く。
どっと人がそちらのカウンターに並び変える。一番早いのは、列の仕切りを乗り越えること。乗り越えようとしていたら、その係官から乗り越えちゃダメだと声が飛ぶ。
通してもらうまでは、逆らわないことと素直に仕切りに沿って逆行して、隣の列の最後尾に着く。あー、これは悲劇。新しく開いたカウンターの係官は、今まで並んでいたカウンターの係官と同じかもっと遅い。一体何を見ているんだ!何処を見るのか解らないのか! もう、イライラする係官だ。
一度この列に並んでみたら、何よりの研修になるだろうに!!!!

 こういう時、インドネシアだったか、タイのプーケットだったか、通関手続きは、夫婦単位で同時に通してくれた国があったと思い出した。(観光地だったから?)
持っているパスポートが違うからと通関手続きのカウンターを分けるのなら、それなりに通関手続きに通じている係官を配することは出来ないものだろうか、といつも思う。
(これは当然、日本での通関でもいつも思う、日本語以外一言も話さない係官が外国人用の窓口にいるなんて信じられないケースがあったから)

 銀行の窓口と税関の係官は、香港はとてもスマートだと思う。
広東語、北京語、英語の3種類は必ず出来る人が座っている。言葉がわからないから隣の窓口へなんてケースに出会ったことはない。

 イライラ、カリカリしながらやっと、自分の番になった。15ページにスタンプを押して下さいと言ってみたら、スンナリ押してもらえた。やれやれ。
最初に並んでから、スタンプを押してもらうまでたっぷり20分はかかった。

マカオ(2)       7月5日

 マクドナルドで冷たいものを飲みながら、あちこち見回すと、私達が入って来たのとは、違う裏口(?)に当たる所から入って来る客もいる。
せっかく初めてのところに来たのだから、カジノの中をよく見てみたいと、3階までエスカレーターで上がってみた。

 3階には、いくつかのレストランがあった。カジノ側の通路を歩いて、全体が見下ろせる所に行って、ほーっと思った。
広い広いカジノにズラリと並んだ賭け場(どういう名前だろう?)、そのテーブルを取り囲むように群がる人、人、人、食べ物に群がる蟻のように見える。
ここからは、スロットマシンの置かれている場所よりも、賭け場全体が見えるので壮観。
スロットマシンは、1台に1人だけど、テーブルの方は、スタッフ2-3人に賭ける人、覗き込む人で、20-30人くらいはいる。そういう台がいったい何台あるのだろう?

 まあ、カジノに来たのだから、ちょっとは遊んでみないと話にならない!
もう10年くらい前になるだろうか、100香港ドルで1時間半くらい機嫌好く遊んだ。
今回、せめて1時間遊べれば、私のゲーム料としてはまあまあだと思う。
さて、どの台にしよう。鶴や亀、マージャンの牌、何だか解らないおとぎ話みたいな絵、線が斜めになったり折れ線グラフのようなのと、私の脳細胞でも理解できる、同じ物がずらっと並べば点数になるという単純な台を探す。(どうしてどうして、同じものがずらっとは並んでくれない!)

 昔のように、どこかでコインに変えて遊ぶのかと思ったら、直接紙幣を挿入するようになっていると教えられた。
両替機みたいに紙幣を入れてもスルリと戻って来てしまう?
台を変えてみても同じ? 通りかかったスタッフに聞くと、香港上海銀行の古いデザインの紙幣じゃないとダメという!
どうしたらいいの? 「あのカウンターで変えてもらえばいいですよ」
カウンターに行くと、これで大丈夫かなと他の100j紙幣と交換してくれた。

 無事スロットマシンが紙幣を飲み込んでくれた!
ゲーム開始。時々2点くらい追加になるけど、断然減る方が早い。
敬虔なクリスチャンの連れが、後ろに立ってしっかり見ている。ちょっと遊んでみたらと、 コインを3枚隣の機械に入れてあげた。さて、彼女は、敬虔なクリスチャンだけあって遊び方が解らない! 点数がデジタル表示で、実際にコインがジャラジャラと出て来ないのが納得出来ない!

   どうして、コインが出て来ないの? 今、20増えたでしょ、それは上の絵のこの組み合わせになったからよ。
さあ、それからは、機械が間違いなく点数を増やしているか、どの組み合わせだったのか確認し始めた。
途中でこのボタンを押すんだったっけと質問が入る。

 何故か僅か3枚のコインでスタートした彼女は、けっこう点数を稼いで長持ちしている。こちらは、どうにもいけません・・・・
教会でお祈りをした人と建物内部を観察していただけの違いがここで現れたのか?
正に神のみぞ知る!

 そのうち座り飽きたのか、男性二人も寄ってきて、あと100j追加して遊び始める。
4人で並んで遊んで20分くらいで、全額寄付完了。
途中で、飲物はいりませんかとスタッフが寄ってきた。コインの減り具合も気になるし、ケチな4人は、有料と思い断る。
周りを見回すと、お金を払っているような気配はない!(こういうのは無料と解り、後でしっかり喉の渇きを癒した!)

 通りがかりに賑やかな音楽が聞こえた。
おー、スロットマシンの点数表示がくるくる回ってドンドン数字が大きくなって行く!
何処で止るのだろう? 凄い! 1000で止った、こう言う事ってあるんだな・・・・・
凄い金額かと思ったけれど、私が遊んだのと同じ掛け金数なら、1000香港ドルだから、大金持ちになったという程じゃない! でも、1jづつ遊べば、1000回遊べるんだから、やっぱり楽しいだろうな。

 大小という賭けのテーブルをちょっと覗いてみた。
サイコロ3個で出た数字の合計が、1−10が小、11以上だと大、そういう賭け方らしい。5000ドルも賭けた人がいた。お札が本物か透かしを調べて、その5000ドルは、コトンと賭博場の収入箱に落とされた。
サイコロの覆いを取ると、出た数字は、5000ドル賭けた人の大だか小だかでは無かった。賭けてからサイコロの覆いを取るまで1分もない。
5000ドルはもう帰って来ない! その人は、平気な顔でその場を離れたけれど、賭博ってこういうものかとちらっと思った。

 人が賭けるのを見てるなんて大して面白くも無いので、さっき見た3階からの眺めを教えてあげたくて、3階まで行こう、エスカレーターはあっちだからと先に立って歩き出した。
エスカレーターの近くまで来て、振り向いたらすぐ後ろを歩いていると思った3人の姿が見えない。あれっ、どこで止っているのだろうと引き返してみた。
全然姿が見えない、さっき腰を下ろしていたマクドナルドの方へ行ってしまったのかな。
2回くらい行ったり来たりしてみたけど、見つからない!

 うーん、どうしよう、携帯は最初から持って来なかったし、パスポートは夫が持っているし、夕食のレストランの場所は、解っているけど、バス代も持ってない・・・
3人が行方不明じゃなく、これは私が迷子になったということ??

 
マカオ(1)       7月5日

 香港からマカオまでは高速フェリーでほんの1時間である。
7月1日は、返還記念日の休日。急に、マカオ行きの話が持ち上がった。
おいしいものを食べに行こうというのである。

 連れは、切符はすぐにいつでも買えると思っているようだった。
私は、平日でも午前中の便は、次々に売り切れて、早くフェリー乗り場に行っても、 どうしようかと迷っている間に、1時間後の1等しか席がないという経験があったので、 心配だった。
9時前に行ったのに、9時30分がすぐに売り切れ、次は、10時10分。
15分に1便あるのに?と言われても、団体が買い占めていれば、こういうこともあるだろう?
中国からの観光客らしい団体が途切れることなく、エスカレーターで運ばれて来る。

 4人分の10時10分の切符が買えた!
まだ早いけれど、早く中に入ると、自分の持っている切符より早い便に空きがあれば乗れるからと4人揃った所で、出境手続きをする。
先日、IDカードを新しく換えたばかりなので、自動通関出来ると係員に教えられる。

 地下鉄の改札口みたいに、カードを差込み、カードを引き抜いたら、目の前の仕切りが開き、次へ進む、今度は、前方の仕切りの手前で、親指を指定の場所に当てると、カードの指紋と照合するのだろう、合っていれば仕切りが開き、通過して、通関終了となる。(無人ゲートを自分で通るのだから係官不要の通関システム)
通ったことはないけれど、パナマ運河を通過する船のような仕組みみたい。
これなら、運悪く子供連れのいる長い列について、じれじれしながら自分の順番を待つ気持ちを味わうことはない。(IDカードは、11歳(だったと思う)から?
今でも、香港のIDカードを持っていれば、入境も出境も1分とかからずに通関できる。

 通関して乗船待合ホールに行くと、誰も考える事は同じで、自分の切符より早い便に乗りたい人の列は長い。
諦めて、切符と同じ時刻発のフェリーに乗ることにする。

 私は、今回新しく出来たカジノを覗いてみたいと思っていた。
先ずは、お昼。友人が美味しいと信じているお店へ直行。
まだ12時前だったので、お店の一番のお客になった。鶏とフカヒレスープが、土鍋に入ってドーンと出て来た。腹びれと尻尾が黄色い鯛の蒸し煮、魚の腸と卵の土鍋蒸し焼き、鳩の醤油味、野菜、と続く。
鯛の蒸し煮が新鮮で、本当に魚の味がすると私以外の3人は、微妙な味をそれぞれ説明してそれぞれの味覚の繊細さを楽しんでいる。私は、1人そうかな・・・・とうまく説明できないので、骨を喉に引っ掛けないように、注意して食べる。
4人でお腹一杯食べて、450ドル(¥6500)くらいだった。

 料理は全部それなりに美味しかったけれど、店主だか給仕だかの男性が、テーブルについていて、お経を上げるようにずっと話すのが気になった。(友人を持てなしているつもり!)首には石のネックレス、腕には大きな石のブレスレットを2つしていたので、剃髪だったら、間違いなくお坊さんに見える。

 さて、お腹は、一杯になった、これからどうしよう、とりあえず噴水広場の方へ行ってみようかと言う事になる。
大三巴(セントポール教会跡)は、こっちだったかなと言いながら、道路になにやら教会らしい模様が埋め込んであるので、こっちみたいと進む。(ここで間違える)

   少し進んだ辺りで、雨が落ち始めた。あっというまに、土砂降りで、雨宿りするしかない。ちょっと庇のある所でじっとして雨の止むのを待つ。
一向に止みそうに無い。それどころかドンドン激しくなる。向かいのアイスクリームの店に飛び込む。ケースには、手作りという何種類ものアイスクリームが並んでいる。
どうぞ味見してくださいと勧められ、ほんの少し嘗めて、誰もがびっくり。
果物そのままの味がする。特にドリアン、ハミウリ、私は、味見しなかったけれど、ライチもそうだったという。4人で、それぞれ1杯のアイスクリームを食べながら、土砂降りが止むまで雨宿りさせてもらった。(雨宿り中に、殆ど全部の味見終了!)

 雨が上がったところでちょっと坂道を登ったら、今まで行ったことのない教会が目の前にあった。
4人のうちの1人は敬虔なクリスチャンなので、きちんとお祈りをする。
残りの3人は、雨宿りの続きのような気分で、教会の内部を観察。ステンドグラスのきれいな教会だった。市場の帰りに寄ったような女性、じっと聖書だろうか書物を広げてお祈りをしている人と、教会の中は、外とは違う空気が流れていた。

 教会を出ると、カジノに行く事になった(良かった!)
フェリー乗り場の近くだからと、フェリー乗り場行きのバスに乗り、終点からカジノまで歩く。(フェリー乗り場から無料のシャトルバスがあると後で知る)
小さなバッグ以外は、入り口で預けてから中へ入る。

 写真で見ていたシャンデリアはやっぱり大きい。
エスカレーターで2階へ上がる。もう、カジノのざわめきがエスカレーターの途中から感じられる。凄い人、凄い広さ、只圧倒される。
中2階のバイキングスタイルのレストランの規模(料理の品数)が凄いと雑誌に出ていたので、上から覗いてみたいと思う。

 先ずは、腰を下ろせる所というので、奥へ奥へと進む。
スロットマシーンが際限なく並んでいる。一体どういう組み合わせになった時、点数になるのか見当もつかないゲームのスクリーンばかり。凄いな、あれで遊んでいるだけでも頭の作りが違うと思えて、誰もが凄いギャンブラーに思えてくる。

 トイレの場所を確認しながら、グングン進んで行くと、マクドナルドがあった。
ちょっと腰を下ろしたいというので冷たいものを飲んで一服する。

 

知ってる木、知らない木、珍しい動植物、香港の自然を写真と資料でどうぞ。
参考HP