ドキュメンタリー 八甲田大岳「駒の雪」を探る

 その五   6月28日

6月・・・・。八甲田山はもっとも生き生きとしている。山麓の高原には馬や牛が放たれる。青森県での放牧は例年で5月中旬から10月中旬。高地では雪の多い少ないで草の生長をみながら、ことしは6月に入ってから。残雪の峰々を背に草をはむ馬や牛たちの姿はいかにも清々しい。残雪はやがて大きく白い「駒」になって躍り立つのだ。



写真@ 6月の八甲田山高原は一年のなかでもっとも生き生きとして、また清々しい。(仙人平、6月17日)

◇    「駒の雪」はどのように描かれるか・・・・。

上北郡七戸の里から、八甲田山の遠望をとらえるのはなかなか根気のいることである。雪形の季節にこの地をずいぶん訪れたが、なかなかチャンスに恵まれなかった。友人の三浦博氏の協力を得て節目節目にその姿をなんとかカメラにおさめることができた。青森が晴れていても、この地に着くと寒々として曇に被われている。6月22日は天気予報もまあまあで勇んで出かけたが、この地は霧雨に濡れていた。この時期のヤマセ現象は当然視野に入れなければならない。見えないときは同じ角度の高原にのぼり撮影しようと、ことのはじめに八幡岳西登山口を選んでいたことは正解だった



写真A 八幡岳登山西口まで登ったら、北八甲田山が全景を現した。(6月22日)



写真B 大岳のアップ。何日か見ないうちに雪消えが進行していた。白と黒のツートーンから緑が目立つようになった。ここは今が盛りの高山植物のお花畑なのだろう。(八幡岳西口、6月22日)



写真C Bから二日後。右側の大雪渓の「顔」になると思われるところの黒い部分がさらに多くなっている。
(七戸牧場、6月24日)


八甲田山大岳はすぐ上空を流れる雲のため、残雪にいくらか影を落としていたが明瞭にとらえることができた。何日ぶりかの東側からの大岳。6月22日午前10時、歓喜の一瞬・・・・。あんなに厚かった大岳の雪は予想以上に雪消えが進んでいた。絶壁の黒とのツートーンだった残雪の周りは、緑が濃くなっている。この緑は高山植物のお花畑になっているのだろう。二つの大きな雪渓。その右側を見るとおよその「駒の雪」の輪郭がわかるではないか。写真Cはこの二日後に撮影したもの。位置が少し南にずれた七戸牧場からとらえた。形が微妙に異なるが、顔になると思われる部分の雪渓がさらに融けて黒い部分が大きくなっている。写真Bを見たHP「青森の自然」の棟方氏は、豊富なデータベースと22日の八幡岳からの映像をつぎのように対比してくれた。

◇    「恐竜」?!・・・「駈ける駒」?!・・・「寝そべる駒」?!



写真D 棟方氏が99年7月7日に井戸岳で撮影。
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写真E 東奥日報掲載(今年2月21日)の写真、Dから少し遅れて同じ位置から撮影?



写真F Bと同じ写真の部分。八幡岳から6月22日に撮影。



写真G 棟方氏が6月28日に、「馬上」で撮影、胸脚部が未整理、顔は縮小気味。

写真DとEは同じ時期と角度の大岳の至近・井戸岳から見た「駒の雪」。Gは同位置から南東に下りた「駒の雪」上の北側からの状態。そしてFはBと同じ写真でずっと離れた八幡岳からの「駒の雪」の未完成の姿。棟方氏はこれを見て「恐竜」のようだと感想を述べた。七戸の里はこの延長線上にある。これらの写真をさらに詮索すれば1999年(写真D)は7月7日で、ことしの6月28日はここまで進んでいる(写真G)。「駒の雪」は7月に入って日に日に姿を整えていくのだろう。早まるのか平年通りなのか。

 ◇   馬、牛が遊ぶのどかな八甲田山高原

馬や牛がのどかに遊ぶ八甲田山高原。そのふもとはかつて有数の馬産地として全国的に知られていた。日本が高度経済成長期に入るまでは動力源として田畑でトラクターの役目をした。馬車や馬そりで車の役目もし、人類がこの世に現れてから絶えることのなかった戦(いくさ)の時代には、その勝ち負けを左右する「武器」でもあった。夏場にかけてこの土地の人たちはヤマセに悩ませられるが、太平洋から塩分をはじめさまざまな無機質を吹き付けられたここの牧草は馬を強くし、さらに冷涼な気候は馬をきたえて強くした。藩政時代に、この地方が経済的に自立できたのは、高値で売れる馬の恵みがあったからと言われる。



写真H 高原で草をはむ馬と雪形の「馬」。(仙人平、6月24日)



写真I 高原の放牧場には牛のほうが多い。(八幡岳西口、6月22日)

◇    高田大岳の「馬」は美しく完成

七戸地方が「駒の雪」とすれば、十和田湖町を中心とした三戸地方は、高田大岳の「馬」であった。大岳の「駒」を首尾良く撮影した勢いで湯ノ台方面に急いだ。東から絶えず雲があがってきては山腹あたりで消えてゆく。この日の峰々は雲や霧を排除するエアーカーテンを張り巡らしているようで、超然とその雄姿を見せつけている。写真Hの絵柄はいかがであろうか。高田大岳には「白馬」が完成、黒、栗毛の馬たちは草をはむもの、寝そべるもの。



写真J 右から白馬が立つ高田大岳、鳶形岳(小岳)、松形岳(硫黄岳)を見る。(仙人平、6月17日)



写真K 右から雛岳、「白馬」の高田大岳、鳶形岳(小岳)、松形岳(硫黄岳)を見る。(湯ノ台、6月22日)

Jの仙人平と写真K湯ノ台は数百bずれている。たったこのくらいで雲の加減が異なり同じ時間でもどちらかがよく見えない場合がある。「白馬」の形も両地で微妙に異なる。



写真L 6月17日の「白馬」。(仙人平)



写真M 6月22日の「白馬」。(湯ノ台)



写真N 6月24日の「白馬」。(仙人平)



写真O 真横から見た「白馬」。(谷地温泉北側、6月22日)

八甲田山高田大岳の雪形「馬」・・・・。2001年は6月半ばから下旬にかけて見事に完成した。十和田湖町を中心として三戸地方のひとたちに季節のめぐりを示し続けてきた「白馬」が、その端正な姿を現した。右手東方を見てスクッと立っている。17日はまだ口元が下の雪とくっついていた。22日と24日はもっとも見頃。目がついて耳がぴんと立ち、ハァハァッと息をついている。 ことしの「雪形」の季節は、3態のすばらしい高田大岳の「馬」をものにすることができた。雲と濃い霧はいままでこのようなチャンスを与えてくれなかった。持ち前の勘で100q以上をものともせずチャレンジしてくれた友人・三浦博氏と、21世紀はじめの年にこのような貴重なページをさき励ましてくれた棟方氏のご好意に感謝したい。

◇    6月の雲の流れと遊ぶ

梅雨どきの山々は、雲の衣装をまとっている時間のほうが多い。22日の八幡岳からの大岳は望遠レンズと標準レンズで首尾良くとらえ、つぎのポイントに移ろうとしたとき、素早くも山々は雲に包まれていた。写真の被写体として雲は変化にとみ、うまく味付けをしてくれる。ただ「雪形」の撮影ではもっとも気にする難物である。ことしは青森市桜川の自宅の屋根から、いくらか気持ちに余裕をもちながら、しばし「この雲」と遊んでみた。写真P〜Sは、「三本鍬」「Y」「Z」を雲の切れ間を狙いながら時間差をおいて撮影したものである。6月20日朝8時20分28秒。ついで20秒後、41秒後、3分50秒後の4枚。雲の動きはずいぶん早い。そして左から右に流れる。風上の左手に青空の空間があったとしても「雪形」のところにくるとどこからともなく雲が湧いてくる。「雪形」の冷気がこのように雲を招き寄せるのだろうか。



写真P 青森市桜川から8時20分28秒(6月20日)  


写真Q 20秒後の同20分48秒


写真R 41秒後の同21分29秒    


写真S 3分50秒後の同25分19秒


文責  室谷 洋司

お問い合わせ、情報は・・・・ 電子メールアドレス : muroyayj@actv.ne.jp

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