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八甲田大岳「駒の雪」を探る  そのG   8/24


◇   8月18日の「駒の雪」

8月18日、八幡岳西登山口から「駒の雪」を眺めた。二つに分かれた「頭首部」と「胴尾部」は1週間前とはそんなに離れていない。実際は縮小しているのだろうが肉眼では大差がない。
ことしは八甲田山東側の地方がヤマセに見まわれ、この影響を受けているのだろうか。



写真@ 山並みの真ん中が「駒の雪」。遠目にも二つの残雪が認められる。(八幡岳西登山口、8月18日)

◇   この夏最高の天気、「駒の雪」現地調査を決行!!

8月19日、20日は「東北地方の雲分布」を見ても「八甲田1500m気象情報」を見ても、非の打ちどころのない好天の予報。「駒の雪」現地調査の決行はこの日をおいてない。当初、「駒の雪」が一握りになったころに現地に立とうと心に決めていたが、ここまで遅れてはどうしようもない。
19日早朝、勇んで田茂萢岳から登った。 この夏はじめてめぐってきた、輝くような日和である。
この日は夏休み最後のチャンスなのか田茂萢岳山頂駅は登山者でごった返していた。



写真A ありとあらゆる、緑と青の階調の向こうに正座する岩木山(赤倉岳、8月19日)。

山上の空気は澄み切っていた。尾根や頂上から見下ろす津軽平野から青森平野、そして陸奥湾から下北半島、はるかかなたには北海道までがかすんで見える。間近な八甲田の峰々のくっきりとした眺めとともに、すべてが希にみるパノラマ。なかでも赤倉岳への尾根道からの岩木山は、ありとあらゆる緑の階調と青の階調が絶妙の美しさをかもしだしていた。
一方において、あまりにも展望が微細にみてとれることから、ふる里の下界に刻み込まれた傷跡も痛々しい。山々からの砕石の掘り出した痕や、わが物顔のゴルフ場などの不自然さには心が沈んだ。



写真B周囲に目をやるホシガラス(8月19日)。


写真C無数のアカネ類が浮かんでいる(8月19日)。

赤倉岳のアオモリトドマツ帯が切れる直前に4〜5羽のホシガラスを認めた。梢に止まって左右を見ては枝の茂みに入り松ボックリをくわえては飛んでいく。同じしぐさを繰り返していたが彼らの食事の場所がどこにあるのか。少なくともすぐ帰ってくることから近場であろう。この日のホシガラスの行動を見たのはここだけであった。赤倉岳を登り詰め井戸岳への稜線を歩む。アカネ類のトンボが無数に空を埋めていた。このような光景もこの日は、ここだけであった。時刻は午前11時前後。自然界の妙を強く感ずる。



◇    「駒の雪」、そしてはるか岩手山・・・・

登り始めてから2時間半、ついに井戸岳の「駒の雪」展望ポイントに着いた。「青森の自然」オーナーの棟方氏が今まで見せてくれたところである。昼前の陽の光は驚くほど克明に山容を浮き立たせている。「駒の雪」はもはや後方の「頭首部」と手前の「胴尾部」が残されているだけだが、二つの雪渓を中心に周辺の植生がかもしだす色合いをたどると、巨大な天かける駒そのものである。「駒の雪」の「真夏の衣装」はいいようのない美しさで、その模様の正体(植生)はどうなっているのか、見極めようという気持ちが湧いてきた。駒の背景には岩手山など遠くの山々がかすかに姿を見せていた。



写真D「駒の雪」全景。遠く岩手山などの山々が見える(井戸岳、8月19日)。

下の写真Eは、同位置からみた40日前の7月8日の「駒の雪」である。駒の馬体が完成した姿で、これと写真Dを重ね合わせてみると、学術的にも貴重な「駒の雪」の雪田の成因がはっきりとみてとれる。いよいよ現地に立ってその細部を確認することにした。



写真EH11年7月8日の「駒の雪」全景(井戸岳、棟方氏撮影)。

◇   「駒の雪・真夏の衣装」を観察する



写真F 八幡岳西登山口からの「駒の雪」(8月18日)。

上の写真Fは八幡岳西登山口から見た大岳の全容である。いわば東側からの正面観で、大岳の東西南北斜面のなかでもっとも積雪が多く最後まで雪が残る。ひと月前までは左側斜面にも雪渓が残り、「八の字形」であった。 下の図Gは石塚和雄氏が調査した大岳頂上部の植生を模式化したものである。図を念頭に写真Fを仔細に見ると一見して緑一色であるが、濃淡の細部は図Gの植生図と一致していることが分かる。もっとも特徴的な一つは濃い緑が示すアオモリトドマツの高木帯が、雪渓の下位までしか見られないことである。 石塚氏は、八甲田山における積雪と植物群落の関係について調べたが、特に雪田の植物群落について詳細なデータを示した(「生態学研究」、第11巻193〜203頁、1948年)。この研究報告を参考にしながら、「駒の雪」の植生を観察したが、あらましを写真という肉視的手法で示すことにした。なお、八甲田山全体についての雪田植物については、棟方氏が「八甲田山の雪田〜大岳・井戸、1999年7月9日」を本ホームページにまとめている。



図G八甲田山大岳の植生図(石塚、1948を改写)。

◇    方角で異なる大岳の森林限界

八甲田山の主峰・大岳(1585m)の森林限界はつぎのようである(図G参照)。 @ 北側斜面は標高1470mがアオモリトドマツの森林限界。A 西側斜面は1400〜1480 m。B南側斜面は1390m。C 東側斜面は1320m。
Cの東側が「駒の雪」の"すみか"である。アオモリトドマツの森林限界がもっとも高所におよぶ北北西側1480mとの高度差は160mで、この東側に開けた大きな空間にはもっとも遅い春と瞬時の夏と秋の季節が同時にやってくるのである。

◇    「駒の雪・頭首部」を見る



写真H 「駒の雪」頭首部全景(井戸岳から8月19日)

「駒の雪・頭首部」は、8月14日に棟方氏がGPSで大きさを測定したが、幅が48mで長さは73mであった。写真Hはこれから5日経過しているがそんなに小さくなっていないはずである。
@雪渓から離れた上方は、多雪地と雪田の植生で、ついこの前までは雪におおわれていたところ。
ショウジョウスゲ、チングルマ、シラネニンジン、イワオトギリ、ミヤマリンドウなど多様な植物で構成された群落が、美しい緑を呈している。






写真I 雪渓上方の植生(8月19日)。



写真J チングルマの群落(8月19日)。



写真K ミヤマリンドウ(8月19日)。


写真L イワオトギリ(8月19日)。

A雪渓に接した上部。アオノツガザクラ群落。 写真Mの雪渓の周りは黒っぽい裸地のようだが、よく見ると暗い灰緑色の塊が盛り上がって散在している。近づいてみるとアオノツガザクラの群落がびっしりと地表をおおい、蕾から開花までのさまざまなステージが見られる。この辺はアオノツガザクラが独り占めであるが、この植物は各所の群落にも入り込んでいる。



写真M 頭首部の雪渓に接した上部(8月19日)。



写真N 上端部アップで暗い灰緑色の塊がアオノツガザクラ群落(8月19日)。



写真O アオノツガザクラ(8月19日)。
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B雪渓の後方は、チシマザサや矮小灌木群落。 下の写真Pの雪渓の縁がアオノツガザクラ群落で、それから後方にいくにしたがって背丈の高い植物で構成された植生になっていく。多雪地の植物群落でチシマザサが優占種であったり、ミヤマホツツジとかクロウスゴなどが優占種になったりする。チシマザサ群落の色彩は灰白色を帯びて見える。



写真P 頭首部の中程と後方の矮小灌木植生(8月19日)。

C雪渓の下方。 雪渓の下端は岩や礫が露出し(写真Q)、シラネニンジンやウサギギク、チングルマなどが見える(写真R)。さらに下方にはあざやかな緑色がつらなり、ショウジョウスゲを主体としヒナザクラやイワイチョウなどで構成された群落が密生している(写真S)。




写真Q 頭首部の下端(8月19日)。      


写真R 頭首部下端部のアップ(8月19日)。



写真S 頭首部の下方にはさまざまな植生が連なる(8月19日)。

◇   「駒の雪」から青森市が見えた

ワイドと望遠による雪田と多雪地群落の記録撮影は、二つの雪渓の間に当たる「駒の雪・頭首部」の北縁にある岩の上に立って行った。北方の井戸岳と背後の大岳の合間から青森市街地が見渡せた。青森市桜川から撮影した大岳の写真を見て、棟方氏は「駒の雪」がかすかに見えるといったが、ここだったのかと納得し、思いも寄らない景観に見とれた。



写真21 「駒の雪」から青森市街地が遠望できた(8月19日)。

◇   「駒の雪・胴尾部」の観察

「駒の雪・胴尾部」の大きさはGPSによる測定で幅が36mで長さが133mである(8月14日時点)。
雪田の積雪期間の長短によって形成される植物群落との関係は、つぎのようにまとめられるが、このことは「駒の雪・胴尾部」においてもまったく同じである。
@ 雪田と積雪期間の長短との関係
積雪長期群落から積雪短期群落の順で群落名をみると、〈雪田中心部の裸地〉→〈蘚苔群落〉→〈アオノツガザクラ群落とかヒナザクラ群落〉→〈ショウジョウスゲ群落とかチングルマ−ショウジョウスゲ群落〉→〈チシマザサ群落とかクロウスゴ−ミヤマホツツジ群落〉となる。
A 胴尾部を上方から見る。
写真22のように雪渓の上部はショウジョウスゲとかチングルマが主体の群落をなし、チングルマは花期が過ぎて髭状になっていた。雪渓に近づくにつれてイワイチョウなどが多くなり、裸地のように見えるところはアオノツガザクラの群落である。写真23は雪渓の下から上を見たもので上端の凸部が大岳山頂部で、左から上の鮮やかな緑が早く消えたところで群落の構成種が豊富である。その群落位置から見たのが写真24で、あざやかな緑に混じって暗緑色のアオノツガザクラが散在している。チングルマ群落も散在している。



写真22 「駒の雪・胴尾部」の全景(井戸岳から8月19日)。



写真23 胴尾部を下から見る(8月19日)。



写真24 胴尾部上端周辺の植生(8月19日)。

B下方はヒナザクラの単独密生群落。 「駒の雪・胴尾部」下端の雪渓は氷状で裸地から泥炭地の様相を見せていた。さらに融水があたり一面を湿地状にしている。イワイチョウの群落や一面が真っ白になるほどのヒナザクラがいまを旬と咲き乱れていた。八甲田山をもっとも特徴づける高山植物はこの愛らしいヒナザクラである。まだまだ雪は残っているが、このあと雪渓のどの位置まで、さらにいつまで咲いていくのだろうか。




写真25 下から胴尾部を見る。一番手前がイワイチョウ群落、ついでヒナザクラ群落(8月19日)。        


写真26 ヒナザクラ(8月19日)

◇   春はまだまだ進行中

下の写真27は氷のように固くなった「胴尾部」下端の雪渓。消えたところから微小なヒナザクラの芽だしが見られる。写真28は消えてすぐのところ。ボールペンの長さは13.5a。写真29は、雪から100a離れたところ。写真30は同じく200a、写真31は同じく350aで葉は鮮やかな緑を呈している。左側の小さいのはヒナザクラで蕾ができている。右上はイワイチョウ。これらの今後の生長度合いをフォローするためにマーキングをして次回調査の目安にした。



写真27 胴尾部下端の雪渓は氷状(8月19日)。



写真28 雪の合間に芽だしがはじまる(8月19日)。
   


写真29 雪から100a離れる(8月19日)。



写真30 200a離れる(8月19日)。 
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写真31 350a離れる。ヒナザクラは蕾をつけている
(8月19日)。


◇   下方は、まだ新緑の世界

「駒の雪・胴尾部」から下方を見るとさまざまな色合いの群落が続いている(写真32)。あざやかな緑をした雪田群落は、やがて淡いウグイス色の多雪地帯の群落にかわる。色合いに微妙な違いが見られることからチシマザサをはじめ矮小灌木群落などが区別できる。濃い緑がアオモリトドマツでここが東側の森林限界である。



写真32 胴尾部下方の植生。緑のさまざまな色合いから群落の境界がわかる(8月19日)。

◇   ライトグリーンの帽子!?を戴く高田大岳



写真33 「駒の雪」から見た高田大岳(8月19日)。 

  


写真34 波うつ帽子を戴く(8月19日)。


雪田植生に彩られた「駒の雪」ごしに高田大岳が見える。あまりに整った三角錐で変哲のない山容であるが、ここから観察した、そのライトグリーンの帽子をかぶったような植生配置のユニークさに、新たな発見をした思いである。山頂に近い波打つような森林限界はどのような要因からきたものであろうか。
この山の西〜北〜東面はあまりにも滑らかなことから積雪や融雪にもそのようなおとなしい作用が働き、このようになったのであろうか。
この山の南面には「白馬」などの雪形が現れる。そこには地形的な不連続性が認められた。「雪形」は、地形とか植生がその形を決める大きな要因であることを、今回の「駒 の雪」はもちろんのこと高田大岳の山容を見てさらに強く感じた。




文責  室谷 洋司

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