オオユリワサビ    アブラナ科
Eutretna okinosimense Taken. (Takenouchi 竹内)

   県内では海岸近くから山地までの湿潤な林内の沢地や斜面に分布する。
   村井三郎.1930.十和田湖・八甲田山の植物.青森営林局編には「Eutrema tenuis Ma- kino ユリワサビ 産地 沢通帯の湿潤地に生じ奥入瀬、十和田(佐賀氏)に産す」。この 後の村井.1939.総目録こは「ユリワサビ ゆりこわさび 低山地渓畔[食] 」と出ており ユリワサビの和名は知られていたし、方言「ゆりこわさび」としても山村では広く利用さ れていた。
   ワサビと違って根は太くならず、根元に前年の太った葉柄基部が恰もオニュリのムカゴ のように残っていので、その様子からユリワサビと言われ、ワサビより辛味が強いといっ て共に賞用されていた。ところが米倉浩司.2003.オオユリワサビ(アブラナ科)の北限産地 植物研究雑誌78:356-358 が写真入りで掲載されて驚いた。私の知識ではオオユリワサビ という種類は見当付かなかったので、従来言われていたユリワサビと似ている別の種類が あるらしいと勝手に判断して、奥入瀬産を発表した本人から直接教えてもらった奥入瀬渓 流の現地に探しに行ってどうにか少し見いだした。そして改めて詳しく調べて、これは我々 が今まで単にユリワサビとして認識していたものと同じであることを知った。
   それより3年前に、鳴橋直弘・梅本康二・若杉孝生.2000.オニユリワサビ、その生活と 分類学的位置、植物地理・分類研究48:141-148 が発表されていたが、それには秋田・岩 手から島根・福岡(壱岐:基準産地)まで分布域が広いことを報告していた。ところが青森 県にも同じオオユリワサビが分布しているとは予想もしなかった。それが米倉の報告を見 て改めて調べ直すこととなった。 そして本物のユリワサビ探しを始めた結果次第に色んな ことが分かってきた。鳴沢らの発表から、従来我々が青森県でユリワサビとして認識して いたのは本物のユリワサビではなくてオオユリワサビそのものであることが判明したので ある。そして本物のユリワサビに相当するものは青森県にはなく、私の推測では東北地方 の分布も不明である。それより以前に岩手大学の菊地政雄は、既に本物のユリワサビと岩 手県産を含む東北北部のユリワサビは植物分類学的にはユリワサビそのものと異なると気 づかれて、オクノユリワサビとしてユリワサビの変種の学名 Wasabia tenuis (Miq.) Ma- tsum. var. borealis M.Kikuchi n.v.を用意されたが正式な発表にいたらず、、氏の没後 に出版された岩手植物の会.1970.岩手県植物誌に初めて取り上げられたが、これも正式な 発表ではない。また藤原陸夫他、2000.秋田県植物目録では同じくオクノユリワサビの和 名でEutrema japonicum (Miq.) Koidz. var. boreale (N.Kikuchi!の学名を仮に作られ たが未発表のままであった。この学名ではワサビの変種と考えられている。
   鳴橋等によればユリワサビ Eutrema tenuis (Miq.) Makinoとは分布域・生態・形態と も異なる種類で、、福岡県の玄界灘に浮かぶ沖ノ島で見つかりオオユリワサビ Eutrema oki -nosimense Taken. (Wasabia tenuis (Miq.) Matsum. var. okinosimensis (Taken.) Ki?- tarn.)と言われた種類と同じである。という意表をついた発表である。同じ年には、環境 庁編.2000.改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物(植物)の絶滅種に指定され、 「 Eut rema tenuis var. okinosimensis [形態と成育環境] 常緑林下に生える多年草。ユリワサ ビに比べ、はるかに大型である。固有種。[成育地の現状と判定理由】沖ノ島のかつての 自生地では、最近の調査で発見されていない。植生の変化のために絶滅したと考えられる。 」 と記録された。上記の鳴橋らの研究により、その種類が本州にも広く分布することが初 めて判明したのである。そして青森県にもユリワサビとして知られていたものが奇しくも 沖ノ島で絶滅したと考えられていた種類と同じだったのである。幸にも本県では昔からワ サビと同じように民間の山菜として利用されていた種類である。両種が混生している場所 もあるが雑種は見つからない。北海道でもユリワサビとして渡島・胆振・後志・石狩で記 録され、滝田謙譲.2001.北海道植物図譜のユリワサビの図も実はオオユリワサビそのもの であることが分かる。同書によれば北海道では石狩-胆振地方より南に分布すると記され ている。
   以上を要約するとオオユリワサビは、北海道から本州に広く分布し、東北地方以北ではユ リワサビと誤認されていた種類である。しかしここでユリワサビの語源を考えると、牧野 新日本植物図鑑には「秋から冬にかけて葉柄の基部が特に肥厚して紫黒色となり、葉柄の 上部が枯死しても、基部は残存するので、ユリの鱗茎のようになる」 と説明している。こ の形質はオオユリワサビそっくりである。私には牧野図鑑の図もオオユリワサビと似てい るように思えてならない。 益村聖. 1995.絵合せ九州の花図鑑や井波一雄. 1988.広島県植物 図選Wのユリワサビの図からオオユリワサビの感じはない。小牧族.1987.加賀能登の植物 図鑑のユリワサビの図はオオユリワサビと判断される。このように図版にユリワサビとあっ てもオオユリワサビと混同したものもあると考えざるを得ない。
   オオユリワサビの出現は、多くの問題を提供したが、今では極ありふれた野生種であるこ とが分かった。ユリワサビの語源はオオユリワサビにこそ相応しいと考えられるので整理 すると、ユリワサビ=ユリワサビ と ユリワサビ=オオユリワサビ の二通りの和名の 解釈も成り立つと考える。しかし混乱を防ぐために青森県にはオオユリワサビのみを認め てユリワサビは除外しておくより仕方がない。
   方言は「ゆりこわさび」または「ゆりわさび」であるが、ワサビは方言も和名もワサビで ある。工藤安昭によれば深浦町旧岩崎村の中でも2kmはなれた集落では利用するところと しないところがあり当然方言があったりなかったりする由で、 「ひこのわさび」または 「おなごわさび」が黒崎地区にありその両隣りの大間越地区・松神地区では利用しないし 方言もない。方言には隣接している部落でも異なる場合が時にあるというその一例である。 因に黒崎地区ではワサビとオオユリワサビの群落が隣り合わせにあったり、一部混生状態の 群落があったりするし、青森市にもある。